日本の軍国主義―大正デモクラシー
英語圏でなかなか人気があるらしい歴史解説チャンネルが投稿したこちらの動画は、「Japanese Militarism(日本の軍国主義)」と題されたシリーズの第2回。前回は幕末から明治の終わりまでを紹介し、今回は大正時代の出来事を紹介している。
出典:https://youtu.be/DcuvpihOmrQ
- (※動画内容の一部抜粋です。)
- 1923年9月1日に起こった大地震では、東京や横浜で大きな被害が発生した。その中で、この災害は日本が欧米諸国に接近し、共産主義者の活動を許し、朝鮮半島や中国での軍事行動を妨害させてしまったことへの報復だと考えた右翼による朝鮮人の殺害も起きたー
- 当時の日本では、このような超国家主義団体(玄洋社や黒龍会など)が活動していた。特に中露の脅威を懸念し、汎アジア主義的な思想を抱き、徐々に日本をアジアのリーダーとしてだけでなく植民地の宗主として考えるようになっていった。
- しかし、こうした超国家主義や軍国主義者の政党は大正デモクラシーと呼ばれた当時の国会には存在せず、中道右派の政友会と中道左派の憲政会という二大政党があった。
- 政友会の原敬首相は、軍や右翼とのつながりを持たない人物として初めて首相に選ばれた。そして、第一次大戦後の日本の国連加盟にも右翼たちは不満を持っていた。極右たちはシベリア出兵でシベリアに緩衝国を作ることを期待していたが、原内閣はこの計画を退けた。
- 原敬首相が極右支持者に暗殺された後にも、日本はワシントン会議で軍縮条約に合意。当時の超国家主義者たちは、特にロシアの脅威、国内での共産主義の復活を恐れていた。
- 1918年の米騒動、1923年の関東大震災と災難が続き、財政難とインフレによる不満から野党憲政会が議席を獲得し、1924年には三党連立政権が誕生。男性全員の参政権が認められる一方、国体に反する者(共産主義者など)を取り締まる治安維持法も成立した。
- 憲政会は外交をリベラルな方向に進め、幣原外務大臣のもとで英米の協調や中国に対する不干渉が推し進められた。中国で蒋介石が支配を強めていた際も、幣原外相は軍の派遣を行わず、軍を分断したことで軍部や超国家主義者たちを怒らせた。
- 関東大震災後は政府が経済回復策をとったものの、日本は不況に陥り小規模な銀行が潰れて巨大な財閥が市場を支配することになった。財閥が憲政会と密接な関係にあったことがよく思われず、政友会が与党になった。
- 新たな政権は憲政会が与党だった時代のリベラルへの流れを押し戻し、治安維持法を使って共産主義者の徹底的な取り締まりを行った。(第3弾に続く)
海外の反応
・名無しさん@海外の反応
軍国主義者たちの主張好き。「軍が強くなれば、あの津波だって追い返せた!!!」w
・名無しさん@海外の反応
天皇と、軍国主義者、大企業、災害が団結して反対派と戦ったら、いいことは期待できない。
・名無しさん@海外の反応
様々な国が工業化に向かう際の歴史的な共通点を知るのってかなり興味深い
・名無しさん@海外の反応
日本のこの時代に関するアニメがもっとあったらどうなるかな
・名無しさん@海外の反応
こういうのの中に最近起きてる出来事に似ていることがあるのが興味深い
・名無しさん@海外の反応
これは非西洋史と第二次世界大戦史の授業で取り上げたのを覚えてる
・名無しさん@海外の反応
現代と比べて、この当時の日本人は活発な人だらけだったみたいだ。
・名無しさん@海外の反応
この治安維持法ってやつは今までに存在してきた数多くの法律と似て聞こえるぞ。殺人疑惑に器物破損疑惑
・名無しさん@海外の反応
幣原喜重郎に感心した。クールな人だね。
・名無しさん@海外の反応
これはかなり「風立ちぬ」の背景にある文脈がよくわかるね
・名無しさん@海外の反応
東条英機が待ち遠しい!この人物についてはほんのわずかしか知らないんだ!
・名無しさん@海外の反応
保守派に赤、リベラル派に青を使うなんて痛いほどアメリカ人的視点だね!
・名無しさん@海外の反応
この時代の日本の歴史と現代のアメリカの狂乱にどれほど共通点が多いかに驚き始めてる
・名無しさん@海外の反応
鬼滅の刃とゴールデンカムイの時代だね。
・名無しさん@海外の反応
映画「風立ちぬ」の状況が、よりよく分かった。
・名無しさん@海外の反応
次回はいよいよ昭和天皇登場となると、中国と日本の両方で起こった数々の「事件」に備えなきゃね。