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海外「アメリカってずっとこんな態度だったのか」アメリカ側から見た黒船の浦賀到着

投稿日:2020/07/22 更新日:

 


 

日本との「ファーストコンタクト」に対するアメリカ人の視点(1853年)//ペリーの遠征//一次資料

世界各国の様々な時代の異文化間の交流に関する記述を紹介しているこちらのチャンネルが今回取り上げてくれたのは、アメリカから日本の浦賀へとやってきたペリーの黒船のエピソード。紹介されている文章は、当時のアメリカ人医師による記述だという。

出典:https://youtu.be/Mq1A7lBaS_c

  • 蒸気船団は霧の中、伊豆の岬を抜けて江戸湾へできる限り近づいた。湾の西側は特に町などでにぎわっていた。海辺の高台には実際よりも強力に見える城が建っていた。湾は貿易船でにぎわっていた。
  • 船団を捕えようと、日本の幕府の船が近づいてきたが、蒸気船はその速さですっかり逃れてしまった。霧が晴れてくると、雪をかぶった富士山が日の光に輝いて見えた。
  • 船団は浦賀に到着。外国船としてこれまでで最も江戸に近い場所に係留した。近くではお上に知らせるためと思われる大砲などが発砲された。
  • 黒い線の入った白い旗を付けた船がたくさん近づいてきた。ペリー提督は蒸気船に乗り込むことを禁止する命令を出したが、船に上がってくる者もいた。そうした者たちはかなり乱暴に船を下ろされた。
  • (提督の乗っていた)サスケハナに同行することを許された日本の船は、驚くほど「アメリカ」という有名なヨットに作りが似ていた。その船をこいでいた男たちは腰以外は裸で、たくましかった。
  • 日本の偉い役人が船の係留を禁止するという旨のオランダ語とフランス語の文書を提示してきた。提督はこれに対し、最高位の役職を呼ぶよう中国人の通訳に伝えさせたが、伝えるのは困難だった。すると役人の一人が上手な英語で「オランダ語が話せる」と言ったのでオランダ人の通訳が呼ばれた。
  • 唯一蒸気船へ上がることができる立場だと主張する浦賀の副総督と通訳に対し、ペリー提督は大統領から天皇にあてた手紙を渡した。しかし、「こうしたやり取りは長崎のみで行う」との返答を受けた。提督は長崎へ向かうことを拒み、さらに蒸気船団の周りに集まった船を撤退させなければ力づくで撤退させるとも伝えた。これを受けて日本の船は撤退した。
  • 翌日、今度は浦賀の総督が蒸気船を訪れた。前日には副総督が唯一蒸気船に上がれる立場だといったにもかかわらず。こうした偽りは日本の外交の目立った要素となっていた。
  • 総督は孔雀の刺しゅうを施した絹の服をまとい、2本の刀を差し、鉢を逆さにしたような漆の帽子をかぶっていた。
  • 総督の頼みを受けてもペリー提督は長崎行きを断固拒否した。武装した船に湾の周辺を調査させた。対して日本の武士たちが調査を止めようとした。
  • お互いに緊迫する中、浦賀の総督は毎日のように蒸気船を訪れて交渉を行った。結局、最終的に日本側はペリー総督の断固たる姿勢を受け入れることになった。                              (要約)

 

海外の反応

名無しさん@海外の反応

「長崎はメッセージを受け入れられる唯一の場所だ」という言葉に不吉な予感を感じた。

名無しさん@海外の反応

1853年時点のアメリカ人の日本人に対する交渉「国を開けろ、さもないとさらに蒸気船を送り込むぞ!」

名無しさん@海外の反応

日本がこの後どれだけ早く発展したかを考えるとやばい。たった51年後の1904年には戦争でロシアを破り、100年以内に真珠湾攻撃をしてるんだよね。日本の海軍技術は数十年の間に世界の超大国に追いついてしまった。

名無しさん@海外の反応

ペリーはただのヤンデレだったという証拠

名無しさん@海外の反応

アメリカ「おい待て、日本ってまだイギリスや、フランスや、オランダの植民地になってないのか?」

艦隊を送る

名無しさん@海外の反応

10:24 浦賀の総督の見た目は、もしアニメキャラだとしたら悪役の計画の最終段階として倒されるベテランの戦士か、もしくは悪役の親玉って感じだね。

名無しさん@海外の反応

「今はわからないかもしれないが、これは素敵な友好関係の始まりなんだ」-ペリー提督

名無しさん@海外の反応

歴史に残る瞬間だね。同じようなことが起こるのは、銀河文明が作られるような遠い未来の話だろうね。

名無しさん@海外の反応

うん、これはまさに予想通りの展開だね

名無しさん@海外の反応

「オランダ語を通じて翻訳された日本の複雑な政治システムは理解できん。嘘をついているに違いない。」

名無しさん@海外の反応

日本。ヨーロッパ人の植民地にされなかったほぼ唯一の国。

名無しさん@海外の反応

ペリーの来航に関する日本人の視点も取り上げてくれない?日本人がどう思っていたのか気になる。

名無しさん@海外の反応

ペリー提督の考えが日本とアメリカの長期的な関係に影響したのか気になる。味方から敵になり、また最高で尊敬される同盟関係に戻った。

名無しさん@海外の反応

日本ってイギリスみたいな気候なんじゃなかったっけ。じゃあどうして日本人はあまり服を着ていなかったんだろう。腰の部分だけ覆っていたなんて。きっと寒かっただろう

名無しさん@海外の反応

これが外交だね。

名無しさん@海外の反応

ああ、アメリカの傲慢だ

名無しさん@海外の反応

あー、植民地主義だね

名無しさん@海外の反応

アメリカ人はずっと特権的で図々しかったのか…なんて失礼な!

名無しさん@海外の反応

アメリカが嫌いになるぞ

名無しさん@海外の反応

つまりアメリカ人の一般的な態度は変わってないんだね。外国にやってきて、現地の法律は適用されずに自分たちのやり方でやると主張する。悲しくもツアーガイドとして相手をしなけれなばならなかったアメリカ人の99.9%とそっくりだ…

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