海外の反応

海外「やっぱりカメラが大事!」19世紀末にイランに行った日本人の貴重な渡航記に興味津々!

投稿日:2020/10/29 更新日:

 


 

日本人渡航者がイランでの旅と古代ペルシャの遺跡を記録(1899年)家永豊吉

様々な時代の外国見聞録を紹介しているこちらのチャンネルが、今回取り上げてくれたのは、1899年にイランを訪れたという日本人の渡航記。検索したところ、恐らく『西亜細亜旅行記』というのの翻訳だと思われる。海外の視聴者の皆さんは、内容の中でも特に「日本人観光客=カメラ」のステレオタイプに反応してしまった様子…

出典:https://youtu.be/lUmGKNSN8UE

(内容の要約)

  • インドからイランへの旅の前にイギリスの貿易船会社に船を頼んだが、(筆者の家永豊吉の)他に誰も船に乗る旅行者はいなかった。この高波の季節には誰も行きたがらなかったのだろう。
  • 1月20日にオマーンの首都マスカットを出た。夜は穏やかだったが暑く、真夜中でも温度計は39度を示していた。
  • 紀元前325年にアレクサンダー王国の将軍がやってきてから、この海の領有権をめぐって様々な国が戦った。最終的に19世紀初めにイギリスが戦争に勝利した。
  • 24日に沿岸の街に到着。イラン政府とイギリス人による厳しい封鎖が行われ、反乱で混乱状態だった。
  • 地図のない場所に湖があったため、尋ねたところ蜃気楼だと言われた。
  • シラーズの兵士は頼りにならず、誰も守ってくれず、規律がないため「兵士」という高貴な言葉は使えなかった。天皇に対する高貴さや責任感や忠誠心、愛国心、国のためになることへの感謝、腐敗がなく富を気にしないのは日本の兵士が他とは違う特徴だと思う。
  • イランで感心したのは靴で、履き心地が良いと同時に耐久性もあった。日本の綿の靴は、こんな旅では5日で壊れてしまう。
  • イランには旅に2つの方法があり、キャラバンは裕福な大名の旅行の仕方。私が選んだのは飛脚のような困難な方法だった。
  • 8月18日に丘に着き、アレクサンダー王に破壊された宮殿の遺跡を見た。
  • 遠くにダマーヴァンド山が見えた。まるで第二の富士山のようだった。なぜカメラを持ってこなかったのだろう。
  • イザドハストは不思議な街で、1つの山の上に街があった。まるでバビロンの空中庭園だった。
  • 9月14日には、国王に会った。47歳と聞いてその若さでどのように政治を行っているのだろうと思ったが、英国の大使から、実際に国を統治しているのは宗教的な法律だと聞かされた。
  • イランでは1人の男に何人もの妻がいた。女性には会うことができず、どのような生活をしているのか気になった。
  • イランの食事はおいしく、最近ではウイスキーやワインも飲むようになっそうだ。
  • テヘランへは馬車で向かったが、馬がなかなかいうことを聞かず、おまけに途中で馬車が壊れてしまったため、乗り換えることになった。この状態を見て笑われたこともあった。まるで京橋から浅草に馬車に乗っていくようだった。
  • 本当はもう少し先まで進む契約だったが、御者が「ここで料金を払ってほしい」といってきた。暑さと、御者が銃を持っていたことから従った。しかし、そこからの道のりは素敵だった。ついにオスマン帝国に到着。
  • イランでの体験で、辛抱強さを試された。帰りの船ではすぐさま眠った。

 

海外の反応

名無しさん@海外の反応

カメラを忘れた最初で最後の日本人観光客だね

名無しさん@海外の反応

>なぜカメラを持ってこなかったのか?

歴史上最大の質問の一つだね。

名無しさん@海外の反応

>なぜカメラを持ってこなかったのか?

ああ、日本人観光客だなあ…

名無しさん@海外の反応

>なぜカメラを持ってこなかったのか?

>厳しい封鎖が行われ

物事が変わるほど、同じようにとどまる。

名無しさん@海外の反応

かわいそうに、砂漠の真ん中で通行人に笑われるなんて

名無しさん@海外の反応

この日本人はかなりリッチだったんだろうね。1899年に(何十年か前に発明されたばかりの)カメラを持っていて世界中を旅行できたんだから。

名無しさん@海外の反応

こういう個人の歴史のかけらっていいね

名無しさん@海外の反応

当時のガージャール朝は無能さに多くのイラン人から嫌われてた

名無しさん@海外の反応

>イランに関する日本人の記述

驚きだけど、歓迎したい話だね!

名無しさん@海外の反応

オスマン帝国についてなんて言ってたのか気になる

名無しさん@海外の反応

日本は1854年に開国したのに、この著者は1890年にジョン・ホプキンス大学で博士号を取得してる。なんてグローバルな人なんだ!(ソースはウィキペディアだけど)

名無しさん@海外の反応

>真夜中で温度計は39℃

真夏のオマーン湾にはいかないことにした

名無しさん@海外の反応

>なぜカメラを持ってこなかったのだろう?

これはこの人が言った一番日本的なことだね。

名無しさん@海外の反応

うん、でももうイラン人は4人も妻を持ってないからね。言ってみただけ

名無しさん@海外の反応

この人が富士山みたいな山にこだわってたところが面白かった。日本では観られないようなモスクとか砂漠とか言ったイランの側面に興味を持つかと思うよね笑

名無しさん@海外の反応

この旅はどちらかというと当時イランの人々がどうやって移動していたかについての話で、イランの古代遺跡を訪れたという感じではないね!

名無しさん@海外の反応

1899年に、この日本人はよくこんなに西洋や中東の歴史を知っていたね!ジョン・ホプキンス大学でよく学んでいたんだろうね。

名無しさん@海外の反応

なんて旅をしたんだ。きっと旅が終わった時幸せだっただろうね。

名無しさん@海外の反応

日本人とカメラ、古くからの親愛なる関係だね

名無しさん@海外の反応

この動画ありがとう。イラン人で、日本への旅行を楽しみにしてる。

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